九十九丸:
旅の道中、皆と一度は手合わせしてみたいと思っていた。
——いざ、尋常にお頼み申す。
螢:
とぼけた面して、どこにも隙がねぇ。
ほんっとうに相変わらずだな、九十九丸。
徳川の侍:
——はじめ!
水を打ったように辺りが静まり帰った。
——否、応援席ではいまも無責任な野次が山のように飛んでいるはずだ。
だが、なにも聞こえない。
螢:
九十九丸の周り……音がしねぇ。
音だけではない。温度すら感じられない。
平素あれだけ温かな空気を纏わせる男なのに目の前からおよそ人らしい気配が感じられない。
螢:
本当に……嫌な相手だぜ。
手のひらにじんわり滲む汗を感じ、
螢は雷切と風切を改めて握り直した。

文章表示