- ヨルム
- ? あれー?その子は?
- フェンリル
- ああ、襲われてたから助けたんだ。
犯人はそこに転がってる男
- ヘル
- 強盗?
- フェンリル
- そんなとこだ。
おい、誰かそいつを連行してくれ。
満月の影響で錯乱気味だから油断すんなよ。
- エンデ
- ちょうどいい、紹介しよう。
これは私の弟のハティだ。
ハティ、彼女は例の嘘月だよ。
- ハティ
- っ……。
- エンデ
- ほら、ハティ。ご挨拶を。
- ハティ
- ……。
- エンデ
- ……ハティ?
- ハティ
- っ、あ、ご、ごめん!
ぼーっとして……。
- エンデ
- はは、無理もない。
何せ嘘月は伝説のようなものだからね。
- エンデ
- しかも、こんなに可愛らしい女の子ときたら
見とれてしまうのも分かるよ。
- アカリ
- ……。美味しい、ですね。
- アカリ
- (見た目はすごいけど、
フェンリルさんの言う通りだ。
味は悪くない。むしろ美味しい)
- ヨルム
- これなんだよねー、困るの。
味はまともな分、文句言いづらくて。
- フェンリル
- あのなぁ、充分言ってるだろ。
というか、文句の必要ないっての!
- ヘル
- でも、味以外は言われても仕方ないと思う。
- ヨルム
- 味もさぁ、絶対素材に救われてるよね。
だって塩一択だよ!?
- ヘル
- うん。それにほとんどが煮込み料理だし。
いくら失敗が少ない料理だからって、
バリエーション少なすぎるよね。
- フェンリル
- (俺のために、一生懸命用意して。
――待ってるうちに、寝ちまったか)
- フェンリル
- ほんっと――いい子だよなぁ、お前は。
- アカリ
- ん……。すぅ……。
- フェンリル
- (あどけない顔、してんな。
純粋で、真面目で、いい子で……。
やっぱ、そういうとこまでよく似てる)
- フェンリル
- ……。お前は、俺が守る。絶対だ。
- ハティ
- ちょ、ちょっとお前たち……!
な、なんで急に……!
- アカリ
- うん……?
あ、この子!
さっき助けてあげた子じゃない?
- ハティ
- え……。
- アカリ
- ほら、足にハンカチを巻いてる。
- ハティ
- ほんとだ……。
- ハッとした次の瞬間、額にヨルムさんの冷たい唇が触れていた。
- アカリ
- ヨルム、さん……!?
- ヨルム
- 今のはね、いい子の嘘月ちゃんへのご褒美のキスだよ。
- ヨルム
- よく眠れるように。嫌なことを全部、
全部忘れて――。
- アカリ
- っ……あ、ありが……とう。
- ヨルム
- どういたしまして。
- アカリ
- あ……あの……。
- ヨルム
- もっと早くに、君に出会えてたら良かったな、
俺……。
- アカリ
- ……。あのね、ヘルくん。
みんなに毛布を掛けてあげたいの。
どこにあるのか教えてくれる?
- ヨルム
- ん……いいよ、そんなの……。
すぅ……。
- アカリ
- ……。
- アカリ
- ヘルくん、お願いだから起きて。ね?
- ヨルム
- ……やだ……。
- アカリ
- ……。
- アカリ
- (ヘルくんって、もしかして
寝起きが悪いのかな……?)
- フェンリル
- 嘘だと言ってくれよ、ティール!!
なぁ!!
- ティール
- っ……。この手を離せ、フェンリル。
- フェンリル
- 冗談じゃない。お前が本当のことを言うまで離すもんか!
- ティール
- おいお前たち、フェンリルを捕らえろ。
こいつは俺に暴力を働いた!
- ヘル
- お願い。僕に、嘘をつかないで……。
- アカリ
- ヘル、くん……。
- ヘル
- ……ごめんね。
全部、僕のせいだ。
- アカリ
- だから、違うよ……。
私が決めたことだから、いいんだよ……
- ヘル
- いや、僕が悪い。
そもそも、君をここまで巻き込んだんだから。
- ヘル
- ……僕はやっぱり、災禍の子だ。
災いを招く存在なんだ……。
- アカリ
- (っ! エンデさんは?)
- アカリ
- (あ……いた……良かった)
- アカリ
- (……どうしたんだろう。なんだか……今にも泣きそうな、悲しそうな顔をしてる……)
- エンデ
- ――……ん?
- エンデ
- 起きたんだね。少しは眠れたかい?
- フェンリル
- くっ、あぁぁッッ……うおぉぉぉッッ!!
- アカリ
- っ……! お願いだから、自分を傷つけるのはやめて、フェンリル!!
- 鉄格子を殴るフェンリルの腕に、全力ですがりつく。
- フェンリル
- ……るせぇ! てめぇ、何しやがる!!
- けれど逆に、腕を取られて私は床に押し倒されてしまった。
- アカリ
- 痛っ……!
- フェンリル
- 助けを呼んだって無駄だぜ。
……助けは来ねぇんだ。絶対、来ねぇ。
- フェンリル
- ――誰も、助けちゃくれないんだよ!!
- 少年ヘル
- ……ぅ、っ。
- 少年ヘル
- っ、どうして……。
どうして、ぼくだけ……。
- 少年ヘル
- ぼくだけが、みんなとちがうの……?
っ、うぅ……。
- 少年ヘル
- フェンリルとも、ヨルムともちがうなんて……。
きょうだい、なのに……どうして……。
- ハティ
- それじゃ、食べようか。
いただきます。
- アカリ
- そうだね。いただきます。
あむっ……。
うーん、美味しい!
- ハティ
- ……。うん、ほんとだ。
スノトラさんは料理上手だから、
何を食べても美味しいんだけどね。
- アカリ
- うん。……でも私、今ようやく
それを実感したかも。
- ハティ
- ? ああ……そうか。
ゆうべも今朝も、味わうどころじゃなかったね。
- アカリ
- うん……。
でもこうして、のびのびできて嬉しい。
- ヨルム
- 俺には嘘をつく理由があるって?
- アカリ
- ヨルムさんはこんなことをして……
私をどうしようとしてるの?
- アカリ
- ちゃんと、話してほしいの。
- ヨルム
- ちゃんと話したら、君は俺から逃げていくに決まってるよ。
- ハティ
- もう一回……ん……。
- アカリ
- …………。
……ハティの、嘘つき。
- ハティ
- え?
- アカリ
- 今の……一回じゃなかったよ。
- ハティ
- ごめん。
……とても、一回じゃ足りなくて。
- アカリ
- だから……素直に言っていいんです。
- アカリ
- 誰に何を言われたとしても、
私の前では……本当のことを言ってください。
- アカリ
- あなたが……本当に望んでいたことを。
- エンデ
- …………。
- アカリ
- 分かった。じゃあ、口、開けてくれる?
……あーん。
- ヘル
- ……こう?
あーん。
- アカリ
- (……食べ物を人の口に運ぶのって、
すごく緊張するな……)
- アカリ
- (それに、スノトラの楽しげな視線が
気になっちゃって……)
- スノトラ
- ――話している余裕はないようです。
下がっていてください。
- スノトラ
- それと……申し訳ありません。
私、実はもうひとつ貴女に嘘をついていました。
- スノトラ
- 本当は――箒や包丁だけでなく、
こういうものも扱えるんですよ。
- アカリ
- (ナイフ……!)
- アカリ
- スノトラ、あなた……!
- ヨルム
- 分かった。君の言うことにも一理あるし、
そう望むのなら……お望み通りにしてあげるよ。
- そう言うと、ヨルムさんはゆっくり私に近づいてきた。
その手が私の首に巻き付いてくる。
ひんやりとしたその感触が私の肌を粟立たせる。
- ヨルム
- ――ほんとに、いいんだよね?
- アカリ
- うん。
- ヨルム
- っ……!
- ハティ
- ああ……やっぱり。
早く、全て手に入れたい……。
- ハティ
- このまま、君を食らいたい……。
ねえ、いいよね……?
- アカリ
- っ……食らいたいって……。
何を言ってるの……?
- ハティ
- 月、月が欲しい……。
俺に……月をちょうだい……。
- エンデ
- ――気に入った?
- アカリ
- っ!?
- エンデ
- おっと、しー……静かに。
- アカリ
- エンデさん……すみません。
- エンデ
- こちらこそ驚かせてすまなかったね。